受験シーズン
3月、4月は受験シーズンですね。もう45年も前のことに
なりますが、毎年このシーズンになると私は想い出す事が
あります。このお話は少し長いので、2回ほどに分けて
書いてみます。
昭和30年代の初めに私は大学受験を向かえていました。
初めて書きますが、実は私は身体障害者です。
足が悪くて走ったり、しゃがんだり、正座したり出来ません。
将来の為に何か技術を身に付けなければ・・・との親や
先生の指導もあって、工学部の電気系を目指していました。
名古屋には工学部電気学科のある国立大学が2校あり、
卒業時の成績はぎりぎりのところでした。
第1志望の受験は見事失敗でした。第2志望の大学は
ぎりぎり補欠のような形でひっかかりました。
「さあこれで晴れて大学生」と、希望に胸を膨らませて
身体検査に行ったところ、
「当校では体育の単位が必須であり、あなたはこの
単位が取れないので、進級できないことが明らかなの
で、入学を受け入れる訳にはいかない」と不合格に
なりました。これまで身体は不自由でも、普通の生徒
と同じようにここまでやってきて、突然受けた
この仕打ちにものすごく辛い思いをしました。
父親も「国立大学なのに何故?・・・」と学校に食い下
がってくれましたが、結局駄目でした。
仕方なく、予備校に手続きして4月から通い始めた頃に
その大学のある教授から次の様な手紙が来ました。
「今回の大学の判断には、私は反対したのだけど、
どうにもなりませんでした。大変申し訳ない。
この出来事も、これから君が迎えるであろう人生の
一つの障害としてきちんと乗り越えてしっかり勉強
して立派な社会人になって欲しい。
これから、困ったことや悩むことがあったら、何時でも
相談にのるので、訪ねてきて欲しい。
私は、教師というものは、自分の学校の、自分が受け持つ
生徒だけが相手ではなく、教育を受けたい希望を持つ
すべての人たちの事を考えてあげる義務があると
思っています」
というものでした。何と書いたか覚えていませんが
私はすぐに返事を書きました。この先生とは
このあとずっと手紙のやり取りが続きました。
長くなるので、この続きはまた明日書きます。


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